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東京地方裁判所 昭和44年(レ)247号 判決

昭和四四年(レ)第二四七号事件控訴人

同年(レ)第二四九号事件被控訴人

第一審原告 市川久作

右訴訟代理人弁護士 本郷桂

同 新井博

右訴訟復代理人弁護士 西尾盛三郎

昭和四四年(レ)第二四七号事件被控訴人

同年(レ)第二四九号事件控訴人

第一審被告 株式会社新考社

右代表者代表取締役 田沼一男

右訴訟代理人弁護士 土屋公献

同 今村嗣夫

同 高谷進

主文

一  原判決を左のとおり変更する。

(一)  第一審被告は第一審原告に対し、金一八二、九八〇円を支払え。

(二)  第一審原告のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、昭和四四年(レ)第二四七号事件、同年(レ)第二四九号事件を通じ一〇分しその九を第一審原告の、その余を第一審被告の各負担とする。

三  この判決は、第一項(一)に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の申し立て

第一審原告

(第二四七号事件につき)

一  控訴の趣旨

「(一) 原判決をつぎのとおり変更する。「第一審被告は、第一審原告に対し別紙目録記載の建物を明け渡し、かつ昭和四三年一月一日以降右明け渡し済みに至るまで、一ヶ月金六九、四〇〇円の割合による金員を支払え。」

(二) 訴訟費用は、第一・二審とも第一審被告の負担とする。」

との判決および仮執行の宣言を求める。

二  当審において追加した予備的請求

「(一) 第一審被告は、第一審原告に対し金一五〇、〇〇〇円および昭和四三年一月七日(予備的に、同年二月二日)以降同四五年八月一七日まで、一ヶ月金六九、四〇〇円の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は、第一・二審とも第一審被告の負担とする。」

との判決および仮執行の宣言を求める。

(第二四九号事件につき)

「第一審被告の控訴を棄却する。」

との判決を求める。

第一審被告

(第二四七号事件につき)

「第一審原告の控訴および当審における予備的請求を棄却する。」

との判決を求める。

(第二四九号事件につき)

「(一) 原判決中第一審被告敗訴部分を取り消し、同部分の第一審原告の請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は、第一・二審とも第一審原告の負担とする。」

との判決を求める。

第二当事者双方の主張

一  第一審原告の請求原因

(一)  第一審原告は、昭和三四年六月八日第一審被告に対し別紙目録記載の建物(以下本件建物という)を賃貸したが、同四一年一月一九日第一審原告と第一審被告との間で、右賃貸条件につき、賃料は同四一年一月一日以降月額金三〇、〇〇〇円とし毎月分を前月末に支払うこと、期間は同年一月一九日より二ヶ年とし更新される場合は、双方協議のうえ更新料を定め第一審被告は第一審原告にこれを支払うこと、という内容の訴訟上の和解が成立した。

(二)1  右賃料額は、物価の昂騰、比隣の借賃との比較などから不相当となり、月額金六九、四〇〇円を相当とするようになったので、第一審原告は、同四二年七月四日口頭で第一審被告に対し、同四三年一月一日以降賃料を相当額の範囲内である月額金六五、〇〇〇円に増額する旨の意思表示をした。

2  また、前記更新料に関する合意は、協議不調のときは通常支払われる相当額を更新料として支払う趣旨のものであるが、第一審原・被告は、同四二年一一月以降更新料につきたびたび交渉を重ねたところ、第一審原告は金一五〇、〇〇〇円、第一審被告は金一〇〇、〇〇〇円と主張してあい譲らず、結局協議不調となった。右相当額な更新後の期間を二年間として、賃料が右六九、四〇〇円を相当とする限り金一〇〇、〇〇〇円であり、そうでなければ金一五〇、〇〇〇円である。

(三)  第一審原告は、同四二年一二月二二日第一審被告に到達した内容証明郵便で、第一審被告に対し同四三年一月一日以降分につき増額された賃料を、賃貸借期間満了のときは更新料一五〇、〇〇〇円を支払うよう催告したほか、同四二年一一月頃以降口頭でたびたび同様の要求をしたが、第一審被告は、同四二年一二月二八日付書面で第一審原告に対し、右要求に応じられない旨確定的に通知して来た。

そこで第一審原告は、同四三年一月六日第一審被告に到達の内容証明郵便で、第一審被告に対し、賃料および更新料の不払いを理由に賃貸借契約解除の意思表示をした。

(四)  仮に右解除の効果が認められないとしても、

1 第一審原告は、同四三年一月一六日第一審被告に対し、口頭で、前記増額された一月分賃料および更新料を支払うよう催告した(但し催告期間は付さなかった)。

2 第一審原告は、同四三年二月一日第一審被告に到達した内容証明郵便で、右不払いを理由に賃貸借契約解除の意思表示をした。

(五)  よって第一審原告は、第一審被告に対し賃貸借契約終了を原因として、本件建物を明け渡し、かつ同四三年一月一日以降解除の効果発生の日の同年一月六日または同年二月一日までは一ヶ月金六九、四〇〇円の割合による延滞賃料を、右各翌日以降右明け渡し済みに至るまでは同額の割合による賃料相当損害金を支払うよう求める(第一次的には、更新料の支払いは求めない。)。

(六)  仮に右各解除の効果が認められないとしても、前記のところから、第一審被告は、第一審原告に対し同四三年一月一日以降一ヶ月金六九、四〇〇円の割合による賃料および金一五〇、〇〇〇円又は金一〇〇、〇〇〇円の更新料を支払う義務があることは明らかである。よって第一審原告は、予備的に第一審被告に対し同日以降本件の最終準備手続期日である同四五年八月一七日まで右割合の賃料と更新料との支払いを求める。

二  請求原因に対する第一審被告の答弁

(一)  請求原因(一)の事実は、認める。

(二)  同(二)1の事実中、第一審原告主張の意思表示があったことは認め、その余は否認する。同2の事実中、相当額(これは、金一〇〇、〇〇〇円である。)を否認し、その余は、更新料に関する合意の趣旨も含めて、認める。

(三)  同(三)の事実中、第一審被告が、第一審原告主張の書面で確定的に支払い拒絶の意思表示をしたとの点は否認し(右書面は、単に円満解決を希望する趣旨にすぎない。)、その余は認める。催告された賃料債務の約定支払日は、同四二年一二月末日であるから、右以前になされた催告は、解除の前提要件としての催告の効果がない。更新料に関する合意は、借家法第六条の趣旨に照らして無効であるし仮にそうでないとしてもその履行遅滞は、賃貸借契約解除の原因となし得ない。

(四)  同(四)1・2の事実は認める。

(五)  同(五)の主張は争う。

(六)  同(六)の主張は争う。

三  第一審被告の抗弁

(一)1  第一審被告は、同四二年一二月二八日第一審被告の従業員堀内賢治をして第一審原告に対し、第一審被告が同四三年一月分賃料として相当な額と認めた賃料金三六、〇〇〇円と前記相当額の更新料金一〇〇、〇〇〇円を第一審原告方において現実に提供したが、第一審原告はその受領を拒絶した。

2  そこで第一審被告は同四三年一月一〇日東京法務局に右賃料を弁済供託した。なお更新料については、第一審被告は、同年三月一四日同様弁済供託した。

(二)  同四三年二月一日以降同四五年八月末日までの賃料は、右同様の割合で、同四五年七月末日までの間に毎月右同様供託した。

四  抗弁に対する第一審原告の答弁

(一)  抗弁(一)1の事実中、第一審被告主張の日、第一審被告の使者堀内賢治が、同主張の各金額で解決したい旨の書面を持参したこと、第一審原告がこれを拒絶したことは認めるが、金銭の現実の提供があったことは否認する。同2の事実は認める。

(二)  同(二)の事実は認める。

五  原判決の訴訟手続違背に関する第一審被告の主張

原審における第一審原告の請求は、賃貸借契約解除に基づく本件建物の明け渡しおよび右解除に伴なう賃料相当の損害金の支払請求であるところ、原判決は右各請求を棄却したにも拘らず、第一審原告の申し立てざる賃料および更新料の支払いを命じた。これは民事訴訟法一八六条に違背するものであるから、原判決中第一審被告敗訴部分は取消されるべきである。

六  右主張に対する第一審原告の答弁争う。

第三証拠≪省略≫

理由

一  主位的請求中建物明渡および賃料相当損害金請求部分

(一)  請求原因一、(一)の事実ならびに第一審原告が第一審被告に対し、昭和四二年七月四日口頭で本件建物の賃料を同四三年一月一日以降月額六五、〇〇〇円に増額する旨の意思表示をしたこと、第一審原告は第一審被告との間で前記更新料支払に関する合意に基づき本件賃貸借契約の期間満了が近づいた同四二年一一月以降協議を重ねたが結局、協議不調となったこと、第一審原告が同四二年一二月二二日第一審被告に到達した内容証明郵便をもって同四三年一月一日以降前記増額後の賃料を、賃貸借期間満了のときは第一審原告が当時主張していた更新料額一五〇、〇〇〇円を支払うよう催告したこと、はいずれも当事者間に争いがない。

(二)1  第一審原告が、昭和四三年一月六日第一審被告に到達した内容証明郵便をもって前記同年一月分増額賃料および更新料の不払いを理由として本件賃貸借契約解除の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

2  右解除の意思表示に先立ち、第一審原告が第一審被告宛増額賃料(同年一月分)および更新料の支払催告をしたのは、前記のとおり約定の賃料支払期限たる前月末日以前であり、かつ更新料支払期限すなわち本件賃貸借契約期間満了時たる同四三年一月一八日以前である同四二年一二月二二日に外ならないから、右は有効な催告とはいえない。

3  したがって、右解除の意思表示は、かりに更新料不払いが賃貸借契約解除原因になると解しても、要件を欠き無効というべきである。

(三)1  第一審原告が、昭和四三年一月一六日第一審被告に対し口頭で、前記同年一月分増額賃料および更新料一五〇、〇〇〇円を支払うよう催告し、同年二月一日第一審被告に到達した内容証明郵便をもって右不払いを理由に本件賃貸借契約解除の意思表示をしたこと、第一審被告が同年一月一〇日東京法務局に、第一審被告において相当と認めた三六、〇〇〇円を同年一月分賃料として弁済供託したことはいずれも当事者間に争いがない。

2  第一審被告の右賃料に関する抗弁について判断する。

≪証拠省略≫によれば、第一審被告は、同四二年一二月二八日第一審原告の前記各要求に対し、増額賃料は月額三六、〇〇〇円、更新料は一〇〇、〇〇〇円を限度として応ずる意思がある旨を記載した第一審原告宛の書面ならびに第一審原告の承諾が得られれば即時これを支払うため右各金員を、第一審被告従業員堀内賢治に託し、同人をして第一審原告宅に赴かせたが、折悪しく第一審原告は外出中で同人の妻しか在宅しなかったため、堀内は右書面を妻に渡すのみにとどめ、持参した三六、〇〇〇円および一〇〇、〇〇〇円の各金員を懐中にしたまま、第一審原告の妻に右金員を持参したことも告げないで、第一審原告宅を辞去したことが認められるから、第一審被告が賃料ならびに更新料を現実に提供したと解することは困難である。

したがって、第一審被告のなした前記供託が供託原因を有するものであるか否かが問題となる。≪証拠省略≫によれば、第一審原告は、前記堀内が来宅した日、帰宅後堀内の持参した前記書面を一読のうえ同日夕刻第一審被告のショールームとして使用されている本件建物(堀内は、第一審被告の営業担当社員ならびに同建物の管理責任者として同建物に住み込みで居住している)に赴き、同書面を戸の隙間から投げ込んで突き返したことが認められる。しかも第一審原告は前記のように同四三年一月六日本件賃貸借解除の意思表示をしており、同月一〇日の前記供託までの間この態度を改めたとは認められない。これらの事実に照らせば、右供託当時第一審原告の受領拒絶の態度は極めて強固であって、たとえ第一審被告より右供託に先立ち同年一月分賃料元本として解除の意思表示以後の分も含め三六、〇〇〇円およびその遅延損害金につき現実又は口頭の提供を受けてもこれを拒んだことは明白であると推認されるから、このような場合には、第一審被告は現実又は口頭の提供をすることなく直ちに供託をなしうるものと解するのが相当であり、第一審被告の右供託は有効ということができる。そうすると、右賃料増額の意思表示により後記のとおり同四三年一月一日から賃料月額が三六、〇〇〇円以上となったけれども、第一審被告の同月分賃料債務は同月一六日の右催告前にすでに右供託により、第一審被告が自ら相当と認めた供託金額三六、〇〇〇円の限度で消滅していることとなり、第一審被告は賃料遅滞の責めを負わない(借地法一二条二項参照)。

3  前記のとおり更新料の支払期限は、同四三年一月一八日であるから、第一審原告が右期限前になした更新料支払いに関する右口頭催告は、有効とはいえない。

4  したがって、右解除の意思表示も、その要件を欠き無効といわざるを得ない。

(四)  よって、本件賃貸借契約解除の意思表示はいずれも効力を生じないから、右契約が有効に解除されたことを前提とする第一審原告の主位的請求中建物明渡損害金請求は理由がない。

二  主位的請求中賃料請求部分および予備的請求(賃料、更新料請求)

(一)  賃料増額請求権の発生

第一審原告、第一審被告が昭和四一年一月一九日裁判上の和解により、賃料月額を三〇、〇〇〇円に改め、以後同四三年一月までの約二年間右賃料額を据置いたことは当事者間に争いがない。当裁判所に顕著なこの間における東京都区内地価建築費の高騰からみれば、特段の反証なき限り、本件建物賃料算定の基礎資料である本件建物の敷地価格とその復成価格(いわゆる建築費)とが、この間可成りの値上りをしていると推認される。また原審鑑定人石川市太郎の鑑定の結果によれば、当時東京都区内における建物賃料は二、三年ごとに一割ないし三割の増額をみることが明らかである。これらの事実に照らせば、昭和四一年一月改訂された月額三〇、〇〇〇円の賃料は昭和四三年一月一日において不相当となり、(後記のように昭和四三年一月一日当時の相当賃料額が二年前の賃料額に比し三割強の増加を示していることはこれを裏付ける。)本件賃貸借について当時その増額請求をなしうべき事由が存在したものというべきである。

第一審原告が同四二年七月四日第一審被告に口頭で同四三年一月一日から右賃料を増額する旨の意思表示をしたことは前述した。

(二)  相当賃料

1  新規賃料

当審鑑定人丸山皓録の鑑定結果は、いわゆる利廻り算定方式を採用し、昭和四三年一月一日当時における本件建物敷地の更地価格を附近土地の取引価格、公示価格等により九、五二〇、〇〇〇円(一平方メートルあたり一四四、〇〇〇円)、本件建物価格を原価法により二九〇、〇〇〇円と見積り、右両価格の合計額(基礎価格)に期待利廻り年七分を乗じて純賃料を得、さらに減価償却費、管理費、固定資産税、都市計画税、保険料、貸倒れ準備費等の諸経費を加え、年間積算賃料八五五、八二八円(月額七一、三一九円)を得、これと比準賃料とを勘案して、結局権利金、敷金の授受のない場合本件建物の右当日における新規賃料として月額六九、四〇〇円を正当としていることが明らかであって当裁判所もこれを正当と認める。なお、原審鑑定人石川市太郎の鑑定結果は、基礎価格の内容となる更地価格、建物価格、諸経費、期待利廻り等のとり方が、右丸山鑑定と若干異同はあるものの、権利金、敷金の授受のない場合、本件建物の新規賃料として月額七〇、二六二円を正当としていることも右認定を裏付ける。

2  継続賃料

≪証拠省略≫によれば、第一審原告は第一審被告に昭和三一年一〇月七日本件建物を賃料月額一三、〇〇〇円をもって賃貸し、同三四年六月八日右賃貸借を同三七年一〇月七日までとの約定で合意更新したこと、第一審原告は右更新された賃貸借契約の期間満了に先立ち再度の更新を拒絶し、昭和三八年第一審被告を相手取り台東簡易裁判所に自己使用の必要性を理由として本件建物の明渡請求訴訟を提起し、同三九年一〇月二六日第一審原告勝訴の判決を得たこと、第一審被告がこれを不服として東京地方裁判所へ控訴したところ、同四一年一月一九日前記賃貸借契約の存続することを確認するとともに、改めてその期間は右日時より二年間とする等の条件で裁判上の和解が成立した(この和解の成立は当事者間に争いがない)ことが認められる。

したがって、第一審原告、第一審被告間の賃貸借関係は、昭和三一年一〇月より中断することなく存続していたものであるから、増額されるべき本件建物の相当賃料は、第一審原告主張の如く新規賃料ではなく、いわゆる限定(継続)支払賃料でなければならない。

ところで、建物の限定支払賃料を求める手法として当裁判所に顕著な「不動産鑑定評価基準の設定に関する答申」(昭和四四年九月二九日建設省宅地審発第一五号)各論第3の二(二)2および同二(一)2(1)は、当該建物の経済価値に即応した適正な賃料(新規支払賃料)と実際支払賃料との間に発生している差額部分について、契約の内容、契約締結の経緯等を総合的に比較考量して、当該差額部分のうち貸主に帰属する部分を適正に判定して得た額を実際支払賃料に加減して求めるものとする旨定めている。

≪証拠省略≫によれば、

(イ) 第一審被告は、昭和三一年一〇月本件建物を賃借した際権利金二〇〇、〇〇〇円を、また同三四年六月合意更新の際権利金一〇〇、〇〇〇円を、同四一年一月裁判上の和解成立の際示談金および敷金として各一五〇、〇〇〇円(合計三〇〇、〇〇〇円)を、第一審原告に対して支払っていること、

(ロ) 第一審被告が本件建物を賃借した昭和三一年一〇月当時、本件建物は戦後の建築資材欠乏時期に急造されたバラック建であるうえ、前賃借人がウインドケースの製作工場として使用していた関係上内部造作も皆無の状態であったため、第一審被告は約三六〇、〇〇〇円を投じて柱の補強、内部の仕切、造作設置等の改造工事を行なったこと、

以上の各事実が認められ、丸山鑑定は前記鑑定評価基準の定める手法に則り、右(イ)のうち二回に支払った権利金は契約期間満了の故をもって考慮せず、示談金および敷金支払の事実と右(ロ)の事実とを参酌したうえ、昭和四三年一月一日当時の新規賃料六九、四〇〇円と実際支払賃料三〇、〇〇〇円との差額部分三九、四〇〇円を家主たる第一審原告三、借家人たる第一審被告七の割合に按分しており、当裁判所もこれを妥当と解するものである(この点につき、石川鑑定は、土地および建物資本利子額、すなわち純賃料相当額を土地につき五割八分、建物につき七割に各減額しこれに公租公課等を加算して得た合計額四一、三九八円から、更に前記権利金、敷金等の運用益を控除した残額三六、三九八円をもって限定支払賃料としているが、限定支払賃料算出のためには純賃料相当額のみを減額するよりも新規賃料と実際支払賃料との差額を按分した方が右基準にかんがみ合理的と考えられるので、石川鑑定は採用できない。)

右按分計算によれば、昭和四三年一月一日当時における本件建物の限定支払賃料の額は、月額四一、八〇〇円(一〇〇円未満切捨)となり、これをもって本件建物の相当賃料とすべきである。

(三)  更新料

本件建物賃貸借契約の期間満了に際し更新料を支払う合意が借家法六条、一条の二、二条に反するか否かを検討する。第一審被告は約定の更新料を支払うことにより、第一審原告からの更新拒絶に伴う明渡請求等の紛争を免れるとの利益を得ると解せられ、とくに第一審被告は前記の如くかつて更新拒絶に伴う本件建物明渡訴訟において敗訴の苦境におちいったこともあるだけにその利益は一入である。このような事情のもとでは更新料の額が相当であれば、その支払の合意が借家人に不利な特約であるとは断定できないので、その効力は否定できない。

そして本件賃貸借契約において、その額はまず第一審原告と第一審被告の協議により定められるべく、もし協議不調の際は通常支払われる相当額によるべき旨の合意が存することは当事者間に争いがないところである。前示の如く協議不調に終った以上「通常支払われる相当額」をここに確定しなければならない。

しかし、更新料の算定基準は賃料と異り統一されておらず、丸山鑑定も、更新料額の決定は近隣の実例によるほかないものとし、これを調査のうえその基準を権利金、敷金等の運用益や償却額を控除した実質支払賃料の二倍又は新規賃料の一・五倍程度と認定し、前者は一〇〇、〇〇〇円弱、後者は一〇〇、〇〇〇円強であるところから、結局一〇〇、〇〇〇円を適正な更新料としている。石川鑑定も、その算定の経過は丸山鑑定と若干異なっているものの、一〇〇、〇〇〇円を相当な更新料とする結論においては一致している。よって、当裁判所もこれらを妥当と解するものである。

(四)  供託

本件賃貸借契約が、昭和四三年一月一九日以降も更新されたうえ有効に存続していることは、前記主位的請求に対する判断より明らかである以上、第一審被告は、右に判断したとおり、同年一月一日以降一ヵ月金四一、八〇〇円の割合による賃料と更新料一〇〇、〇〇〇円を支払うべき義務があるところ、第一審原告は、賃料については同四三年一月一日以降同四五年八月一七日までの分を請求している(うち同四三年一月六日または同年二月一日までの分は主位的請求、その後の分は予備的請求である。)。

第一審被告が右期間中毎月自ら相当と認める賃料月額三六、〇〇〇円を弁済供託したことは当事者間に争いがない。そして昭和四三年一月分の供託が有効であることはすでに説明したとおりであり、同年二月分以降の供託もこれと同様の理由により有効というべきである。よって月額四一、八〇〇円の右賃料債務は借家法七条の趣旨にかんがみ供託額月三六、〇〇〇円の限度で消滅したというの外はない。

そこで延滞賃料額を計算するに延滞賃料一か月当り五、八〇〇円に右請求期間三一か月一七日を乗ずれば(一か月未満は日割計算)合計一八二、九八〇円となる。

第一審被告が昭和四三年三月一四日更新料一〇〇、〇〇〇円を弁済供託したことは当事者間に争いがない。第一審原告は同年一月六日と同年二月一日の二回にわたり第一審被告あてに本件賃貸借解除の意思表示をしたことは前述した。前者は本件賃貸借の期間満了前すなわち更新前になされたのであるから、これにより第一審被告が更新料を現実又は口頭で提供するも受領を拒まれること明白というべきである。後者は更新後になされたのであるが、≪証拠省略≫によれば、これは前者を確認したにすぎず、解除の意思表示をしたのが更新後なるの故をもって改めて更新料を請求する趣旨ではないと認められるから、後者があるからとて右受領拒否の明白性に変化を来すものではない。従って右供託は供託原因を備え有効であって、これにより更新料債務一〇〇、〇〇〇円は消滅した。

よって、第一審原告の予備的請求は一八二、九八〇円の賃料の支払いを求める限度において理由があるが、その余の部分は理由がない。

三  民事訴訟法一八六条違背

第一審原告は、本件訴状請求の趣旨第一項において、第一審被告に対し本件建物の明渡しと更新料一五〇、〇〇〇円の支払および昭和四三年一月以降明渡し済みに至るまでの賃料相当損害金月額六五、〇〇〇円の支払いを並列的に請求していたが、原審第一回口頭弁論期日において訴状を陳述した際、右更新料の支払いは第一審被告が本件建物を引き続き使用する場合にこれを請求する趣旨である旨釈明していることが記録上明らかであり、右は主位的請求たる建物明渡請求が認められない場合に更新料を予備的に請求する趣旨であるものと解される。従って原判決が建物明渡請求を棄却した上、更新料請求の一部を認容したことは何ら民事訴訟法一八六条に違背しない。

次に、第一審原告が、建物明渡請求棄却の場合、右更新料の支払請求に併せて賃料の支払請求をしたか否かを検討する。いずれも原審第四回口頭弁論期日において陳述された第一審原告の昭和四四年二月一〇日付および同年四月二五日付各準備書面によれば、第一審原告が昭和四三年一月一日以降明渡済みまで毎月六五、〇〇〇円の割合で支払いを求める金員につき、これを「賃料」と表現しており、訴状において「家賃相当額の損害賃料」と表現しているのとは異なっている。これらの書類は弁護士の作成でなく、第一審原告本人の作成したものと認められ、本人訴訟で賃料とこれに相当する損害金とを混同する事例の少くないことを考慮すれば、前者の表現をもって予備的に更新料と併せて賃料の請求をしたと解し得るか否かはなお検討の余地の存するところである。しかし仮に第一審原告が原審において右賃料の予備的請求をせず、従って原判決に第一審被告主張の瑕疵があっても、第一審原告は当審において主位的請求たる本件建物明渡ならびに賃料相当損害金の支払請求が認められない場合には、同四三年一月七日以降同四五年八月一七日までの月額六九、四〇〇円の賃料支払いを予備的に請求する旨を新たに申し立てているから、原判決の右瑕疵は既に治癒されているものというべきである。

四  結論

よって、原判決は、第一審原告の請求中建物明渡損害金請求の全部と更新料請求の一部五〇、〇〇〇円とを棄却した点において相当であるが、更新料請求の残部一〇〇、〇〇〇円を認容した点において全部失当であり、一ヵ月金五〇、〇〇〇円の限度で賃料請求を認容した部分中本判決で支払いを命ずる部分と一致する部分は相当であり、一致しない部分は失当であり、賃料請求棄却部分は相当である。さらに第一審原告の当審において拡張した予備的請求は前示の限度で理由がありその余は理由がない。

よって民事訴訟法三八四条、三八六条に従い原判決を主文第一項(一)、(二)のとおり変更し、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 沖野威 裁判官 大沼容之 裁判官佐藤邦夫は転任につき署名捺印できない。裁判長裁判官 沖野威)

〈以下省略〉

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